2013年1月23日水曜日

唐代第一といわれる『孔子廟堂碑』


孔子廟堂碑
こうしびょうどうひ

孔子廟堂碑(唐拓孤本)
撰文・書丹:虞世南(ぐ せいなん)
建碑:唐・貞観3年(629)前後
書体:楷書
現存:拓本のみ

 「孔子廟堂碑」は、唐の太宗が、儒教宣揚のため武徳9年(626)、長安(現在の陝西省西安)の国子監の孔子廟を再建した記念碑。初唐の三大家の一人である虞世南が書丹したもので、品格において唐碑第一とされる作品です。欧陽詢の「九成宮醴泉銘」とならび、古来、多くの人に愛されている名品です。

 太宗の命を奉じた虞世南が、聖廟の重修の由来を撰文し、自ら書いた碑で、虞世南の楷書碑として(拓本が現存する)唯一のものです。建碑の年代は定かではないですが、孔子廟が完成した貞観2年(628)から貞観4年(630)の間とされています。虞世南が70歳の頃になります。

 碑は建立後間もなく貞観年中に火災に遭って破壊され(唐末か五代の頃に戦乱で破壊されたとも云われている)、現存はしていません。拓本は、原石拓が唯一本、唐代の旧拓が三井聴氷閣蔵となっているが、これも不完全なもので、失われた約1/3は覆刻(ふっこく)で補ったり、あるいは塗って作字したもので埋めてある。

 現在見られる他の拓本もすべて履刻本で、唐拓本の欠字の補充に用いられている「陝西本」と、「城武本」が有名です。

・陝西本(せんせいぼん)
宋初に、原本(唐の原石の拓本)から王彦超が覆刻したもの。西安碑林に現存するが、石は3つに割れている。

・城武本(じょうぶぼん)
元の至正年間(1341年 - 1367年)に、山東省の定陶県で黄河が決壊したときに出土した碑である。陝西本とは行数や空格(空欄)が異なっている。

 拓本の冒頭に見られる「孔子廟堂碑」の五字も、書風からみて虞世南の書ではないとされています。かなりの字数が虞世南のものでないにも関わらず、唐代第一とされているわけは、学ぶにしたがって、より鮮明になってくることと思います。


【関連書籍】




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